世の中には本当に様々な人がいまして、
頭では理解できるものの、
実際に自分では想像しない様な事を考えたり
行動したりする人ってのはたくさんいるのです。
しかし、
類は友を呼ぶ
という言葉がある様に
自分が生きやすいように生きていたら
大体周りに集まるのは価値観というか
人生レベルの似たような人達ばかり。
その中でさえ十人十色という言葉は成立するのだから
同じレベルの中にも人ってのは多様なわけだけど、
一歩、居心地のいい世界を飛び出すと、
出会うのは価値観の違う人たちで、ほとんど異人。
あぁ、なるほど
ここにいたら私は生きにくい。
反面そんな状況が楽しく感じたりもするのだから不思議。
しかし友というものはどんな状況でも出来るんですねー。
居心地のいい世界の人々とはAという部分で共感し、繋がっていたとしたら
また別の世界ではBという部分で共感し、繋がることができる。
Aが全てと思い込むと受け入れられない事がたくさんだけど
Aなんて取るに足らないことの方が多いんじゃないか。
さておき
そんな中でできた友達
私のAという価値観で考えたら選択肢にも出てこないようなことを
本気で悩んでいます。
なぜそのような事を考えるのか
また、悩むのか、
Aが主体な私には理解するのにかなり時間がかかったけど
Bに視点を置けば、まあ理解できない事もない。
友達として多分背中をおして欲しいのだと思う。
大丈夫だよ、貴方ならできるよと同意して欲しいのだと思う。
しかし、だ
私という人を構成するのは固執してるわけではないが
Aという部分がほとんどである。
つまり根本的に私はAという人なのである。
それをBぶって共感する事はできるけど
それってどうなのさ
私という人間と友達になった甲斐があんのかい
なんて。
元々の友達は肯定も同意もしてくれんだろうよ
じゃあ私は?
うーむ
考えれば考えるほどに自分がどう思ってんのか良く分からなくなってきた。
口先や論理ではいくらでも話せるんだけど
流石に軽はずみに意見を口にできないでかさの問題だったりする。
大事に思えば思うほどなんにも言えなくなるなあ
と、大人になったのに子供の頃から進歩していないような事には常々げんなりする。
真摯に向き合いたいのです。
なんとなくで人と付き合いたくはないのです。
さーて
一体どうしたらいいもんか。
いつになっても大人になれない。
それでいいとは思わないけど
大人にもなりたくなのだな。
いい年して何をほざいてんだ
気持ちわるっ
ところで時間堂評判がいい様です。
そーだよな
面白そうなにおいがプンプンしてたもの。
さて、アフタートークに出演するのは緊張しますが観るのは本当に楽しみです。
11日だー。
あははは
金欠。
posted by コロ at 11:43| 神奈川

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