2010年07月11日

大好きだからこそ

私は
大馬鹿者だ。

久しぶりにまじめな話。

満足していたんだな。
うわべとは言わないけど
友達として充分コミュニケーションできてると。
確かにコミュニケーションはできている。
かもしれない
ようにみえるだけなのかもしれない。
どっちにせよ

おお
未だにそれに感動できる自分も捨てがたいが

さておき
目を見て
敵意がなくて
なにかひとつの目標さえあれば
どんな人とでも仲良くなれるものだ。
そこに言葉はあまり必要がない
ジェスチャーでもパッションでも
なんでも伝えようとすれば無限大
それはそれは素敵なことである。
しかし
そんなことができたからって
戦争がなくなるわけではない。

この程度のことで戦争がなくなるならば
世界はいつでも平和だろう。
プライドを持つべき場所と
こだわりよう。

こだわり
意固地になる
という点でいえば
演劇に対して視界が狭くなるほどに
自分のプライドを押し通すもまた然りだろう。

そうではないと思う

と否定し
自分の意見を言うこと
もちろん大切
しかしそれ以上に気を遣わなくてはいけないのが
提示の仕方と
受け入れ方。

気を遣わなくても若者が吠えている程度では
やはり大人な方々は
大きく受け止めてくれる。
しかし
受け取れめくれない子供マインドな大人がいたら
ほら
戦争って起きてしまうではないか。

中学1年生のとき
アメリカにひとりでホームステイした時のこと
1ヶ月間
受け入れ側はさぞかし気を使ってくれたのだろう
伝えようとする意思
受け入れようとする意思
譲り合うのにちょうどいいところ
社交辞令のちょっと進んだ程度のところ
あたりで交り合って
しかし言語の壁は越えられると
いたく感動した。
13歳にしては上等な体験か、
いや、ティーンネイジャーになれば
環境さえあればこんくらい誰でも感じられる。
私はラッキーだった。

高校3年生のとき
またまたひとりでアメリカにホームステイ
今度は1年間。
最初は社交辞令から1歩踏み込んだところで
なかよしこよし
しかしね
1年ともなるとずっと気は使えませんよ
どんどん育った文化が見え隠れしてくる。
その時の相容れなさといったら
悪気はないんだよ
でもね
っていうね
なんつうか、喧嘩しちゃう
我慢してたらハゲそう
受け入れなきゃと思えば思うほどに遠くなる
あの感覚。
もちろん友情は育つ。
しかし一歩踏み越えて唯一無二になるには
戦わなきゃいけなかった
戦って、でもなお抱き締めなくては
たくさん傷ついて痛い思いがなければ
風化されちゃうし
同じ間違いなんていくらだって起こす。

そんな
そんな
そんなことを
私はすっかり忘れていて
また中学1年生の頃

おんなじようなことで満足してた。
恥ずかしい。

未だにそれに感動できっる自分が捨てがたいか?
いや、捨て去れ。

なぜ前進しなかった。
どうして子供のままでいようと思ったのだよ。
馬鹿だなあ。

世界を相手にして戦っていくときに
裸で突っ込めるほどの才能はない。
凡人なんだから武装しなくちゃ。

大きな心で受け止めてくれた年長者のおかげで
また生まれ変われるのね。
ありがたいことだ。

自分の意思は強固に
しかし絶対に人の意見が聞けないやつにはなりたくないし
そういうやつとは友達になんてなりたくないでしょ。

よくわかんない

でも片づけたくない。

馬鹿なふりは
もうやめた。



戦います。


posted by コロ at 16:41| 神奈川 ☁| Comment(3) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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